2007年05月30日
珍味
ちょっとツボにはまってて、たま~~~に食べたくなる、ん?、飲みたくなる??。

京都は清水の甘味処 “マミ” の看板メニュー。
ほんのり甘味のついたコーヒーと、甘味を抑えた小豆が微妙になじんで、これはこれでうまい。
是非に、とは言わないけど、話のタネにいかがでしょう。

※ 矢印に若干のズレがあるかも知れませんのでごめんなさい
ここがコーヒーぜんざい発祥の店と称しているからには、他所にもあるようで、
三重県の鈴鹿近辺ではポピュラーなメニューらしい。

これは長野県伊那市駅前の喫茶店 “つつみ” のコーヒーぜんざい。
ずばり、アイスコーヒーに小倉あんを入れたもの。
でも滅多に注文がないらしい。
このときも 「数年ぶりに作った」 と言うてはった。
風前の灯、ってやつ?。
by きりん
コーヒーぜんざい

京都は清水の甘味処 “マミ” の看板メニュー。
ほんのり甘味のついたコーヒーと、甘味を抑えた小豆が微妙になじんで、これはこれでうまい。
是非に、とは言わないけど、話のタネにいかがでしょう。

※ 矢印に若干のズレがあるかも知れませんのでごめんなさい
ここがコーヒーぜんざい発祥の店と称しているからには、他所にもあるようで、
三重県の鈴鹿近辺ではポピュラーなメニューらしい。

これは長野県伊那市駅前の喫茶店 “つつみ” のコーヒーぜんざい。
ずばり、アイスコーヒーに小倉あんを入れたもの。
でも滅多に注文がないらしい。
このときも 「数年ぶりに作った」 と言うてはった。
風前の灯、ってやつ?。
by きりん
2007年05月29日
特急こだまを語る 第3部
(前回からのつづきです)
少年が酒もタバコも覚えた頃、こだま型電車が引退する噂を聞きました。
東海道新幹線の開業で東海道線を追われたこだま型電車は、
山陽本線と、上信越、中央東線に別れて運用されていました。
山陽本線で使用された列車はパーラーカーや食堂車もつながれて、
東海道時代の華やかさを残して活躍していましたが、山陽新幹線の開業のためにすべて関東地区へ移動しました。
その時にパーラーカーだった車両は一般車に改造されて姿を消しました。
食堂車も使用路線の都合や需要の減少のために徐々に数を減らし、最後は食堂車なしで運転されていました。
こだま型電車は製造後20年を経ずして廃車が始まりました。
長距離特急電車のため走行距離が長いこともありましたが、
使用線区の厳しい気候(上越線の豪雪が特に応えた)や、
初めての特急電車ということで試行された箇所の劣化などもあって、廃車が早かったのです。
最後は上越線の特急「とき」で使われていましたが、
昭和57年の上越新幹線開業のために全車廃止。「とき」の名称は新幹線に引き継がれることになりました。
廃止になると聞くと乗りに行きたくなるのが鉄道マニアの性です。
しかも幼い頃から憧れ続けているのに一度も乗ったことが無い。
でも結局乗りに行きませんでした。雑誌に載る写真を見ると、
20数年の酷使のために疲弊しきった姿が痛ましく、それを間近に見る勇気がなかったのです。

こうしてこだま型電車は私の憧れのまま姿を消しました。
日本の高度経済成長を、人を運ぶことで支え、
新幹線をはじめ、色々な次世代の技術のプロトタイプとなりながら、
新幹線に働き場所を追われ続ける20数年でした。
さて、ブリキのこだま号を床に置いて 寝そべってじぃーーっと眺めていた子供は、

鉄道模型の線路を座敷に敷いて、走り回るこだま号の模型を、
寝そべってじぃーーっと眺めている中年になっていました。

ファニー : ねーねーきりんー、ほかの電車で遊ぼうよー。
ファニー新幹線がいいのニャ。
きりん : …………
ファニー : ねえってばー。
きりん : zzzz ZZZZ zzzz ZZZZ
by きりん
少年が酒もタバコも覚えた頃、こだま型電車が引退する噂を聞きました。
東海道新幹線の開業で東海道線を追われたこだま型電車は、山陽本線と、上信越、中央東線に別れて運用されていました。
山陽本線で使用された列車はパーラーカーや食堂車もつながれて、
東海道時代の華やかさを残して活躍していましたが、山陽新幹線の開業のためにすべて関東地区へ移動しました。
その時にパーラーカーだった車両は一般車に改造されて姿を消しました。
食堂車も使用路線の都合や需要の減少のために徐々に数を減らし、最後は食堂車なしで運転されていました。
(交通科学博物館所蔵のレプリカ)
こだま型電車は製造後20年を経ずして廃車が始まりました。
長距離特急電車のため走行距離が長いこともありましたが、
使用線区の厳しい気候(上越線の豪雪が特に応えた)や、
初めての特急電車ということで試行された箇所の劣化などもあって、廃車が早かったのです。
最後は上越線の特急「とき」で使われていましたが、
昭和57年の上越新幹線開業のために全車廃止。「とき」の名称は新幹線に引き継がれることになりました。
廃止になると聞くと乗りに行きたくなるのが鉄道マニアの性です。
しかも幼い頃から憧れ続けているのに一度も乗ったことが無い。
でも結局乗りに行きませんでした。雑誌に載る写真を見ると、
20数年の酷使のために疲弊しきった姿が痛ましく、それを間近に見る勇気がなかったのです。

こうしてこだま型電車は私の憧れのまま姿を消しました。
日本の高度経済成長を、人を運ぶことで支え、
新幹線をはじめ、色々な次世代の技術のプロトタイプとなりながら、
新幹線に働き場所を追われ続ける20数年でした。
さて、ブリキのこだま号を床に置いて 寝そべってじぃーーっと眺めていた子供は、

鉄道模型の線路を座敷に敷いて、走り回るこだま号の模型を、
寝そべってじぃーーっと眺めている中年になっていました。

ファニー : ねーねーきりんー、ほかの電車で遊ぼうよー。
ファニー新幹線がいいのニャ。
きりん : …………
ファニー : ねえってばー。
きりん : zzzz ZZZZ zzzz ZZZZ
by きりん
2007年05月28日
昼の番外 その1
2007年05月27日
2007年05月26日
特急こだまを語る 第2部
(前回からのつづきです)

物心ついたときにはこの電車が好きでした。誕生日にもらったブリキのこだま号を床に置いて、寝そべってじぃーーっと眺めていたと母は言います。
初めて実物を見たのは2歳の頃でしょうか。知人の見送りに大阪駅へ行ったことを覚えていますが、さらに印象深い事は、東京高輪の伯父の家に遊びに行った時(うちは上流階級ではないので普通急行で行ったらしい)、近くにこだまの車庫があって、そのそばへ連れていってもらったことです。
2歳7ヶ月の時なのですが、目の前に横たわるこだま号の姿が今でも記憶に残っています。
そんな幼児が覚えた最初の文字が、

こだまの3文字。
その次に覚えたのは、並びのよく似た、

たばこの3文字、らしいです。
やがて幼稚園、小学校の頃になると、「夢の超特急」なるものが現実化し、東海道新幹線ひかり号が走り始めました。
それにともなって東海道在来線の特急電車は廃止。「こだま」という名称は新幹線の各駅停車に使われました。
早い乗り物、新しい電車が好きな子供のことですから、その頃は新幹線に夢中でした。しかし実際に乗ってみると熱は冷めてしまいます。
そんなある日、かつてのこだま号の車両が山陽本線の特急に使われていることを知ります。
小学校高学年から中学にかけて、こだま型電車を追いかけ回すこととなります。
とはいえ、小中学生の行動範囲は限られます。当時住んでいた千里山からいちばん近い国鉄線は吹田でした。
国鉄吹田駅の南側の線路沿いの道端まで自転車で行き、行き来する電車(もちろん最大のお目当てはこだま型)やSL(当時は城東貨物線にSLが走ってました)を眺める…少年時代のかなりの時間ををそこで過ごしてました。
by きりん
(JR吹田駅の近く)
つづく

物心ついたときにはこの電車が好きでした。誕生日にもらったブリキのこだま号を床に置いて、寝そべってじぃーーっと眺めていたと母は言います。
初めて実物を見たのは2歳の頃でしょうか。知人の見送りに大阪駅へ行ったことを覚えていますが、さらに印象深い事は、東京高輪の伯父の家に遊びに行った時(うちは上流階級ではないので普通急行で行ったらしい)、近くにこだまの車庫があって、そのそばへ連れていってもらったことです。
2歳7ヶ月の時なのですが、目の前に横たわるこだま号の姿が今でも記憶に残っています。
そんな幼児が覚えた最初の文字が、

こだまの3文字。
その次に覚えたのは、並びのよく似た、

たばこの3文字、らしいです。
やがて幼稚園、小学校の頃になると、「夢の超特急」なるものが現実化し、東海道新幹線ひかり号が走り始めました。
それにともなって東海道在来線の特急電車は廃止。「こだま」という名称は新幹線の各駅停車に使われました。
早い乗り物、新しい電車が好きな子供のことですから、その頃は新幹線に夢中でした。しかし実際に乗ってみると熱は冷めてしまいます。
そんなある日、かつてのこだま号の車両が山陽本線の特急に使われていることを知ります。
小学校高学年から中学にかけて、こだま型電車を追いかけ回すこととなります。
とはいえ、小中学生の行動範囲は限られます。当時住んでいた千里山からいちばん近い国鉄線は吹田でした。国鉄吹田駅の南側の線路沿いの道端まで自転車で行き、行き来する電車(もちろん最大のお目当てはこだま型)やSL(当時は城東貨物線にSLが走ってました)を眺める…少年時代のかなりの時間ををそこで過ごしてました。
by きりん
(JR吹田駅の近く)
つづく
2007年05月26日
2007年05月25日
美ヶ原

芝平の帰りに美ヶ原へ立ち寄り。
5月とはいえまだ草が芽吹いてない。
左は中学の修学旅行で泊まった旅館。
テレビのアンテナはいっぱいあるけど携帯は圏外。

ファニー : はにゃ?お山が低いのニャ??。
きりん : 標高2,000mもあると、世界が違うねー。

北アルプスはまだまだ雪がいっぱい。

ファニー : これが富士山ニャ?。こんなに小さいのニャ!?。
きりん : ちがうって。遠くにあるから小さく見えんねん。
ファニー : じゃあ近くで見たいのニャ。
きりん : ま、そのうちね。
ファニー:きりんの「そのうち」は、いつになるのかわかんにゃいのニャ。

ファニー : これで雪のお山を走れるのニャ。
こんどは冬に来てこれに乗るのニャ。
きりん : ここは冬場は入られへんねん。残念でした。
そろそろ帰りの渋滞がきになってきたきりんでした。
by きりん
2007年05月23日
芝平点描


芝平の元々の住民は約30年前、過疎対策のために同じ高遠町内の別の場所に集団移住し、廃村という形になった。
ところがその後都会から移り住んだ人が増えて、以前とは違った趣の集落となっている。

山室川沿いの谷間が少し開けた所に農協、公民館、分校などがある。ここから上流に上芝平、下流に下芝平の集落がある。

農協だった建物。外見は鄙びているが、中は現在の住人が外装して、おしゃれなバーみたいになっている。

ペンションだった家。ここに来たのがきっかけで、いろんな人と知り合った。

橋があったけど台風で流された。
流される前から危なっかしい橋だったけど。

バス停。傾きかけてる!!。
思えば5月のこの時期に来るのは初めて。厳しく長い冬が終わって、芽生えの季節がやっと来たところです。

by きりん
2007年05月21日
湾岸長島P.A.
名神高速道の渋滞がひどいので、 中央自動車道土岐ジャンクションから東海環状道、伊勢湾岸道を経て、東名阪、名阪、西名阪道で大阪に至る、迂回ルートで帰宅中。

こんなところに来るとは思わなかった。
こうやって見ると、長島スパーランドの駐車場にいるみたい。

長島温泉ということで、ひとっ風呂浴びれるかと期待したが、それは無理。
そのかわり足湯があるのでつかってます。
足がぽわーんと暖まっていい気持ち♪。
動くのがイヤになってきたです。
by きりん

こんなところに来るとは思わなかった。
こうやって見ると、長島スパーランドの駐車場にいるみたい。

長島温泉ということで、ひとっ風呂浴びれるかと期待したが、それは無理。
そのかわり足湯があるのでつかってます。
足がぽわーんと暖まっていい気持ち♪。
動くのがイヤになってきたです。
by きりん
2007年05月21日
信濃路旅情丼
帰途にてやっと信州らしい食事。中央自動車道、駒ケ根S.A.の信濃路旅情丼。
演歌か2時間ドラマのタイトルのような…。
栗、馬刺し、鰻(?)、キノコ、蕎麦など、
長野県の特産品をふんだんに使った一品。
味は、それなり。

今日から名神高速道の集中工事で車線規制が始まった。
わかってはいたけど、迂回すべきか、
まっすぐ渋滞に突っ込むべきか…。
by きりん







