阪急ブレーブス最後の日
かつて
阪急ブレーブスというプロ野球球団のファンだった。
豊津の阪急千里山線沿いの産院で生まれ、千里山で育ち、曽根に住んでいる…。コテコテの地元ファンでした。
その頃は関西に阪神、阪急、南海、近鉄の4つの球団があって、すべて私鉄が親会社だった。
阪神タイガースの人気が絶大ではあったものの、それぞれの球団の沿線には地元の球団のファンが多かったものでした。
ブレーブスというチームは、むちゃくちゃ強い時代もあったけど、一貫して人気のないチームだった。
スペンサー、長池、加藤英、福本、マルカーノ、ブーマー、米田、足立、山田、山口高、アニマル…
ユニークな選手がいっぱいいたのにねぇ。
それが1988年の秋、阪急が球団を売却することになったのです。
ショックでした…。
で、ファンだった阪急ブレーブスの最終試合が西宮球場で行われたのが1988年10月23日。
ちょうど20年前の今日でした。
阪急ブレーブスがなくなるということは、西宮球場で試合が開催されるときに阪急神戸線の特急に掲げるブレービー(ブレーブスのマスコットキャラクター)の看板も見られなくなるということで、とりあえず中津で
【鉄】。
6300系、「ろみおくん」も撮ってます。
ブレービーじゃなくて、もみじの看板をつけてます。
後ろの景色が今とだいぶ違って看板広告だらけです。
それから園田駅に移動して撮影してますね。
今はなき5200系の特急電車。
その後西宮球場には行かずに帰りました。「もうええわ」という気分だったと思います。
その西宮球場も今はなく、
ショッピングセンターに変わろうとしています。
阪急ブレーブス消滅後、今に至るまで、ひいきの野球チームはありません。
by きりん
関連記事